お知らせ

平成20年度日本医師会医療安全推進者養成講座講習会

日 時

平成20年11月9日(日)午後1時~午後4時40分

場 所

日本医師会大講堂

要 旨


 日本医師会主催により、平成20年11月9日(日曜日)午後1時から日本医師会大講堂において、標記講習会が開催され、全国から約400名が出席し、本会からは天目副会長及び高橋次長・永橋庶務係長が出席した。
冒頭、唐澤祥人会長の挨拶(宝住副会長代読)があり、医療というものは常に一定のリスクを内包するものであり、医療技術等が高度化すればするほどそのリスクも高くなっていくという宿命を持っていると述べた。
 また、いわゆる医療事故に関する報道について触れ、マスメディアの報道が常に真実を伝えているかどうかということは別として、これらの情報により以前に比べ国民の医療に対する安心感が揺らいでいるということは否定できないとした。
 最後に、医療の質の向上や医療安全対策の推進・普及は国民の希求であり、医療の安全性を向上させることは、医療担当者のみならず、医薬品・医療機器業界などの責務であるが、医療安全の確保は一朝一夕になしうるものでなく、その対策も様々な切り口から講ずるべきとの考えを示した。

 講習会は以下の3項目について夫々講習が行われた。

(1)「医療事故に対する原因究明と再発防止に関する取り組みについて」

 まず、財団法人日本医療機能評価機構で医療事故防止事業部部長並びに産科医療補償制度運営部技監を務める、後 信 講師から、財団法人日本医療機能評価機構における情報収集から調査研究、結果の公表について次のような説明があった。
同機構においては、医療事故の情報収集を平成16年から実施しているが、一番大事なのは、事故の責任追及ではなく、医療事故の発生予防、再発防止を促進することである。
 収集している情報は事故とヒヤリ・ハット事例の2種類で、大きな特徴としては、法令上、同機構への報告が義務付けられている医療機関(大学病院、国立病院機構の病院、ナショナルセンター等)があることで、その他、任意参加の医療機関からも医療事故の情報が寄せられている。
収集した情報による成果の還元は、事例は概要や統計情報にまとめて『報告書(3ヶ月に1回 記者発表実施)』や『医療安全情報(毎月1回)』、『年報』という形で行っており、すべてホームページで公開しているが、特に報告書の【テーマごとの分析】、【共有すべき医療事故情報】、並びに『医療事故情報』については、具体的な事例をあげ作成しているのでご覧頂きたい。
 次に、収集した医療事故やヒヤリ・ハット事例の内容について報告があり、
『当事者の職種』
  医師 46.8% 看護師 44.7%
『発生要因』 
 1.確認を怠った
 2.観察を怠った
 3.判断を誤った
が上位3件で、少しの差をあけて
 4.連携が出来ていなかった
 5.説明不足
であったことが報告された。
 一方、薬剤に関連した医療事故について、『薬剤の量の間違い』が毎年多く、続いて『薬剤そのものの間違い(薬剤の名前が似ている。外観が似ている。効能が似ている等)』が多い状況、更に、薬剤に関連した医療事故が一番多く起こる発生段階は『実施の段階』であり、少しずつ減っていく傾向にはあるとの報告があった。
 しかし、事故になった事例を見てみると、指示から実施の途中で周りのスタッフから「先生この量でいいんですか?」とか「この薬、前のものと違いますけど」という注意喚起があったにも関わらず、あまり聞く耳を持たずに事故に至った事例があり、チーム医療との認識のもと、スタッフからの注意喚起にはよく応じるということが大事であると強調した。
 更に、特に注意すべき薬剤(抗がん剤や循環器の薬、インスリン等)に関連した医療事故や、頭部手術の左右間違いなどの患者取り違えや手術・処置部位に関連した医療事故について具体例を交え説明があり、手術・処置部位に関連した医療事故の発生要因も、事故全体の発生要因と同様『確認を怠った』が多くみられたことが報告された。
 続いて、同機構が実施している『医療安全情報の提供』について説明があり、【インスリン含量の誤認】や【抗リウマチ剤(メトトレキサート)の過剰投与に伴う骨髄抑制】、更には【入浴介助時や湯たんぽ使用時の熱傷】等、より具体的な『医療安全情報』について説明があった。

〇『報告書(年4回発行)』及び、『医療安全情報(毎月発行)』
  同機構ホームページ内「医療事故情報収集事業」ページ
   http://jcqhc.or.jp/html/accident.htm#med-safe

 次に、産科医療補償制度についての基本的な考え方や概要について説明があり、本制度は補償の概念と再発防止に主眼をおいたものであることや、同機構の依頼により日本産婦人科医会が示した『原因分析についての考え方』で特に重要と思われる以下の点について説明があった。
 (1)専門家(医師)が医学的な観点で事例を分析する。
 (2)当事者である医師や助産師に求めることは、報告書をしっかりと受け止めて、指摘された事項の改善に向け努力すると共に、学会・医会が開催する研修会等を受けることを通じて再発防止のための自己研鑽に努める必要がある。
 (3)診療行為のみではなく、背景要因や診療体制が手薄で疲弊しているというようなさまざまな観点から事例を検討する必要がある。
 (4)検討すべき事象の発生時に視点を置き、その時点で行うべき適切な分娩管理は何かという観点で事例を分析する。
 今後は、これらを基に分析された個々の情報を体系的に整理・蓄積し、広く社会に公開していく方針が示され、産科診療ガイドラインの次期改訂のときに、使える情報が提供できればと思っていると抱負を述べた。
 最後に、同機構は病院の第三者評価や医療事故やヒヤリ・ハットの収集等により、医療安全推進に寄与すべく活動しており、年々その役割が大きくなっている。平成16年度に開始した医療事故情報収集等事業は、これまでに定期報告書14回、年報3回、医療安全情報23回を公表したところであるが、多くの報道や問い合わせがあり、依然として医療事故の現状に対する社会の関心の高さが窺えるので、今後は一層適切な報告件数・内容とすることや、効果的な周知等が課題であるとした。
 産科医療補償制度については、一昨年11月に自由民主党政務調査会 医療紛争処理のあり方検討会において取りまとめられた「産科医療における無過失補償制度の枠組み」に沿って準備委員会を開催し、様々な立場の委員に補償の対象者、補償水準、原因分析、再発防止、求償のあり方等の論点に関する議論を経て21年1月に開始となるが、今回は産科医療という限定的な分野ではあるものの、他科の医師は関係ないという認識ではなく、同様の無過失補償制度は我が国にこれまで例が無い制度であることを認識し、“第一歩”としての意味を感じていただきたいと述べ講演を終えた。

〇同機構ホームページ内「産科医療補償制度」ページ
   http://www.sanka-hp.jcqhc.or.jp/outline/index.html

(2)「医療事故防止に対する現場の取り組み」

 岩手県医師会常任理事であり岩手県立中央病院副院長である、望月泉 講師から岩手県内の医療安全管理専門員配置病院や医療局医療安全管理委員会等の位置づけについて説明があり、続いて勤務先の岩手県立中央病院における医療安全活動について次のような事例報告や医療安全全国共同行動について説明があった。
〇医療安全管理の位置づけ
・医療安全管理部及び院内感染対策室は院長の直轄
・医療安全管理部長は統括副院長が務め医療安全管理専門員を専従(看護部の定数外)で任命
・院内感染対策室長は他の副院長が務め、感染管理認定看護師を専従(看護部)で任命

〇安全管理活動
・医療安全管理委員会(院内委員会)を月1回定期開催
・医局の特別部会として医療安全管理委員会医師部会を設置し適宜開催
・セーフティーマネージメント部会を週1回定期開催し、院内各部署セーフティーマネージャーと看護部は看護部の安全管理委員会メンバーが、セーフティーナースとして参加
・看護部内の委員会として看護部安全管理委員会を月1回定期開催

〇転ばぬ先の杖・・・活動
・他院の事故報道事例収集
・注意喚起で情報提供(医療事故に関する新聞切抜き等を配布)
・セーフティーマネージメント部会の報道事例としての活用
・関連部署へ問題提起し、当院の現状を把握し必要に応じ改善

◎医療安全管理の基本的構成(・もの・施設)
〇安全教育プログラム
・入職前技術研修(医療局主催:3月)
・新・転入者オリエンテーション
・輸液ポンプチェック
・シリンジポンプチェック
・メディカルセーファー指導者研修
・メディカルセーファー研修(各部署)
・KYT研修(危険予知トレーニング)
・基礎知識評価(輸血・麻薬のミニテスト)
・安全教育4本の柱統合教育(ロールプレイ)

〇中途採用者研修
・2ヶ月に1回開催(産休明けも対象)
・「看護部のしおり」で当院の看護部概要説明
・安全管理(安全管理専門員)
 (1)安全管理者により医療安全管理の考え方
 (2)ME技士の協力を得て、輸液ポンプ・シリンジポンプ教育を実施
  ◇インシデント事例を含めての具体的な説明
  ◇知らない事・できない事は、恥ずかしくない!みんな同じ分かるまで聞こう!
・感染管理(感染管理認定看護師)

〇呼吸ケアチーム活動
・ラウンド 週1回
【目的】
 (1)安全な人工呼吸器管理
 (2)従事者の人工呼吸器管理のスキルアップ(気道ケア・肺合併症予防、早期離脱、安全管理)
・院内定期セミナー(医療安全研修として位置づけ)
・呼吸ケアチームによる「出前セミナー」

〇呼吸ケアチーム活動
・ICU科長
・ICU医師
・重症集中ケア認定看護師
・呼吸療法認定士「看護師」
・理学療法士2名
・臨床工学技士3名

◎医療安全管理の基本的構成(人・もの・施設)
・ネームバンドで、患者と共に確認
・院内救急カートの統一
・転落・転倒防止用具の整備(ベッドサイドプロテクター等の転落防止器具、転倒むし等の離床センサー)

◎医療安全管理の基本的構成(人・もの・施設
・インシデントからの改善(職員用トビラの開閉スペースの注意喚起等)
・『お名前の確認に協力をお願いします』の作成と実施
“診察・検査・手術・処置・説明などを実施する際、本人確認のため、患者さんご自身に名前を名乗って頂いております。ご協力をお願いします。”
 (1)「確認のためお名前をお願いします。」 
 (2)「岩手太郎です。」
 (3)「岩手太郎様ですね。」

〇インシデントレポートの活用
・せっかく提出してくれたインシデントレポート。大切に活用しています。
・そっか!こんな事があるんだと、納得し真剣に対策を考えてくれます。
・みんなで考えた対策を実践します。

〇タイムアウトの導入と効果
 【目的】医師看護師が一斉に手を休めて確認作業を行う。
 【実施】(執刀医の責任の下で実施する。)
 (1)執刀前に実施する。
 (2)術者、麻酔科医、外回り看護師、器械出し、看護師全員参加していることを確認。
 (3)それぞれ下記について発声し、指差し、署名などを確認する。
   術者:「タイムアウトを行います。( )さん( )手術を行います。( )側です。※右左の区別を確認」
 外回り看護師:「確認しました。」
 麻酔科医:「血液は( )型RH( )です。」「輸血の準備は( )です。」
 外回り看護師:術者・麻酔科医の発声がカルテと一致していることをカルテに指差し確認する。
   「確認しました。入院カルテ、外来カルテ、X-P( )さんです。手術伝票・麻酔同意書の内容と一致しました。」
 術者:「すべて確認されましたので、手術を開始します。」
  ※タイムアウトの実施記録を外回り看護師が記録する。

◎インシデントレポートからの改善例
・薬品管理の委託職員が準備 1人
 薬剤師が監査 1人
 看護師 3人
  (前日確認・当日準備・ダブルチェック)
     ↓
 5人の関係した全部、監査すり抜け⇒製薬会社に申入れ、キャップの色が変更になった。

〇各部署の工夫やアピールを提出してもらい冊子に綴じて配布

〇使用前の目視確認により物の不具合を発見
  メーカーへの改善要望⇒質の改善へ

〇医療安全情報(日本医療機能評価機構)の共有
       ⇒当院でも実際に発生した
  140cmの高さのスタンドを普通ベッドに使うと天井の点滴架にぶつかる。

◎今年の取り組み(中央病院の場合)
・たくさん提出していただいた解決策のひとつとして
【病院全体で取り組む「指差し呼称」の徹底】についてセーフティーマネージメント部会で共有しました。
皆さんも是非実践してください。

〇指差し呼称とは
・【指差し呼称】確認すべき対象を指で指し示し、声に出して確認する方法。
    「医療におけるヒューマンエラー」河野龍太郎:著より
・指を指す⇒視覚情報だけの判断から、意識の焦点化・集中化が図られミスを少なくすることができる。
・声に出す⇒視覚刺激を音声に変えることで、聴覚情報から間違い発見につながる。
・指差し呼称の有効性≪鉄道総合研究所≫
 ミスの発生率
  何もしない  2.38%
  呼称だけ   1.0%
  指差しだけ  0.75%
     ↓
  指差し呼称  0.38%

〇院内の情報を共有する
・当院:19年度インシデントレポート件数
 看護 1,701件    医師  17件    栄養   6件
 薬剤    30件    検査  13件    放射線  4件
 事務    11件    リハビリ 8件  県立中央病院合計  1790件

◎院内感染予防対策
〇標準予防策・感染経路別予防策
・手洗い・手指消毒
・PPE(Personal Protective Equipment 個人防護用具)の正しい着脱
・隔離基準の作成と徹底

〇職業感染防止
・針刺し、切創防止(PPEの着用・安全器材の使用など)
・健康診断(Bx-p・肝炎ウィルス抗原抗体など)
 ※最近の結核を発症しながら診療に携わった事例の新聞コピーを全医師へ配布
・ワクチンプログラム
 (HBV・麻疹・風疹・水痘・流行性耳下腺炎・インフルエンザなど)

〇職員教育
・講義と実技(手洗い・PPEの使い方など)

〇サーベイランス
・多剤耐性菌(MRSA・VRE・MDRPなど)
・医療関連感染(CA-BSI・VAP・SSI・UTIなど)
・抗菌薬の適正使用
 (抗MRSA薬やカルバペネム系・ニューキノロン系抗菌薬の使用制限や届出制)

◎院内感染予防対策の課題
〇職員教育のコンプライアンス
・3交替で、多忙な職員にどのような教育活動を実施するか
・遵守率を上げるにはどうしたらよいか

〇医療資源の効率的な使用
・感染対策にはお金がかかる
・優先度を踏まえた対策の予算化

〇実際の事例より
・手術室で誤ってメスを落としたら、サンダルに刺さった(メスは自分でとる)
・手術中目に血液が入った
  眼鏡はしていたが、アイシールドはしていなかった
・ペン式のインスリン注射をしたが、廃棄容器を忘れたのでリキャップしたところ、針がキャップを貫通して針刺しをした。

(3)「医療事故防止へのシステム構築」

 慶應義塾大学病院 病院経営業務担当執行役員並びに同大学医学部教授である北原光夫 講師から、「医療事故防止へのシステム構築」と題し、日本医師会医療安全対策委員会の活動について説明があった。その中で、医療事故の事例数の報告について、各都道府県医師会単位で行う方針を示唆し、現在、委員会において様式の統一化を検討しているとの報告があった。
 また、医療事故削減の具体策としては、医師会レベルの削減法が有用とし、医療事故削減戦略システムの公表やリスクマネージメントセンターの開設と共に、同センターによる講座の主催(講座出席者の公表と認定)、更にはコンサルテーション制度の充実と拡大が必要との見解を示した。

<シンポジウム>

 続いて、各講師参加のもと木下常任理事がコーディネータを務め「医療事故の削減を目指して」と題したシンポジウムが行われた。
産科医療補償制度について、フロアから、「是非とも無過失補償制度につなげてほしい」との意見があり、木下常任理事は、将来的に対象を広げるべく努力していきたいと述べた。
 また、望月講師から講演の補足説明があり、院内の勉強会に参加したことが一目で分かるように名札にシールを貼るということを考えているといったことや、タイムアウトについてはトップダウンで強力に全科に伝達をして行うようになったが、それほど無理やりということではなく「こうやっていけば自分たちも守れる」という点を強調しながら徹底していったとの報告があり、『患者さんの身を守り、自分たちも守る』という観点で医療安全を行っていることを紹介した。
 更に、フロアから医療関連死の問題についての質問があり、大野病院の事件等により医師が萎縮しており、このような善意や良心が踏みにじられる医療であれば、今後も産婦人科医は減るうえ、学生もリスキーな科は避けるであろう。医療死に関する見直しが必要であり、第三者委員会が医師会の会員が不利益を被るような委員会では困るので、かなりの症例を踏んで苦労された先生が加わってほしいとの思うとの発言があった。
 これに対して木下常任理事は、現在の医療事故が起こった後の法的な体制として診療関連死が異常死との扱いをされている以上、警察が入ってくることは避けられず、制度が今のままである限りはなにを言おうと続いていくだろうと述べ、これをやめるという考えの下、警察に届ける代わりの第三者機関を作ることになり、医師会として、どうやったら刑事・司法が入り込まないようにするかということを第一に取り組んできた。しかし医療界が強引に意見を押し付けても、法律があり警察・遺族・国民もいる中なので思うようにはできませんが、それでも、今回は警察・法律家が譲歩して、「そこまで医療界がやるのであればそれに従う」と言っているのが新しい第三者委員会であると説明し、こんなに良い制度はないとしているにも係わらず、何故、医療界が反対するのかと疑問を投げ掛けた。普通であれば過失という扱いで警察が入ってきて業務上過失になる可能性があるところを、医療界の専門的な判断を尊重する仕組みに変えるということであるにも拘らず、何故、医療界みんなでやろうと言わないのかということが、この話のポイントであると述べ、努力して皆様方と一緒に心配の無いものにしたいので、是非サポートいただきたいと理解と協力を求めた。